「それ本当に不可能ですか?」逆留学?長男が日本に留学した話

皆さんこんにちは。
ドイツ・オーストリア音楽留学サポートの現地アドバイザー・ビットマンようこです。
音楽留学スタートアップ・マインド講座に興味を持っていただきまして、ありがとうございます。
今回の「音楽留学スタートアップ・マインド講座I 」では
「それ本当に不可能ですか?」
= 逆留学の体験記!長男が日本に留学した話 =
をお伝えさせていただきます。
私の長男はドイツ生まれ、ドイツ育ち。父親はドイツ人。
赤ちゃんの頃から18歳で高等部を卒業するまで、ベルリンにある日本語補習授業校に週1回通い続けたので、日本語は話せます。
とはいえ、ドイツ生まれドイツ育ちの彼の読み書きは多分、多めにみても中1レベル。いや、小6レベルかも。
小3で野球に出会う
彼は体を動かすのが大好きで、最初は同級生と一緒に地元のサッカーチームに入っていましたが、小3の時に野球との運命的な出会いを果たします。
日本語補習授業校の小学部3年生の担任を務めてくださっていた男性の先生が、休み時間に三人しかいなかった3年生の男の子たちに、野球を教えてくれたのです。
ドイツで野球を知っている子供は少ないです。
やはりサッカー王国だけあって、みんなサッカーやってます。
それでも、野球が大好きになってしまった彼は、ベルリンに当時6つしかなかった野球チームの1つに入りました。
そして大学生になってからは、志願して、ブンデスリーガ・1部の選手として活躍しました。
サッカーでブンデスリーガ・一部の選手になれば、楽に食べていけます。
でも、野球はドイツではマイナースポーツなので、給料など出ないし、みんな趣味で試合に出ています。
私の長男は、ブンデスリーガ・1部で1年間試合に出ながら、
「ドイツでもっと野球を広めたい」
という思いが、日に日に強くなっていきました。
そこで、
「ドイツの大学を卒業したら日本に行ってバイトしながら、ぼーっと2、3年、野球に浸かって、野球の指導のノウハウを研究したい。」
と思い始めました。
野球選手としてはあまりにレベルが違い過ぎて、自分の力ではどのチームにも選手としては取ってもらえないけど、
「とにかく日本に滞在して、日本中のいろんなチームに見学に行ったり、インタビューしたい。」
というのが彼のやりたいことでした。
まずそこで彼は最初は、交換留学を考えました。
高校の体育の先生を志望しているので、当時フンボルト大学でスポーツ学の教員養成課程で学んでいて、2つ目の教科に、たまたまチェロとピアノが弾けたので音楽を専攻していました。
日本の大学とフンボルト大学との交換留学では、色々縛りがあって、勉強もある程度しないといけないので、
「日本で自由にボーッとしたい」
という望みが叶えられそうにない、ということがわかった長男は、すぐ選択肢から外しました。
高卒の人たちがプロ野球の入団テストや野球チームの監督になるために通うことのできる専門学校も見つけました。
でも本人としては、ドイツで大学を卒業してから行くので、わざわざ日本でまた大金を払って専門学校に入るのは、なんか違うと思って、やはり選択肢から外しました。
で、結局、自分で辿り着いた答えが、
「日本に行って、コンビニとかでバイトしながら、野球観戦したり、野球チームを巡る」
でした。
長男はもう成人してるんだし、自分でバイトで稼ぐお金でブラブラするわけだし、いろんな経験を通して成長することが大事だと思っていたので、
「がんばってねー!」
と言っていました。
というのも、音楽留学と違ってゆる〜い「逆留学」だと思っていたので。
ドイツ育ちとはいえ、日本語が話せる若者が日本に行くわけなので、そこまで苦労しないだろうと思っていました。
留学じゃなくて就活?
そんなある日、
「日本のバイトの時給はめっちゃ低いから、どうせ大学卒業してから行くんだったら、就活したら?」
と長男の彼女が言い出したのでした。
「日本に就職???」
それは、私たち家族にとって、大きなパラダイムシフト(天地をひっくり返す発想の転換)でした。最初からそのオプションは全く考えてませんでした。
私は、
「最初から、外国育ちの日本語が中学生レベルのハーフの帰国子女を、日本の企業が採用するわけないだろうなー。」
「それに、2、3年でドイツに帰ってこようと思ってる若者を採用するのは、もっとありえなさそうだし」
と思い込んでいました。
「大体、大卒者の正規採用の枠にドイツの大学卒業した人は当てはまるの?」
というのも大きな疑問でした。
そんな前例、ベルリン在住日本人のコミュニティーの中でも聞いたことがありませんでしたから。
というか、うちの長男の場合、
「まず、エントリーシートを書くところで、脱落しそうだなー」
と思っていました。
現在ベルリンに留学中の日本生まれ日本育ちの長男の彼女は、、私たちドイツ在住の家族にパラダイムシフトを起こしました。
彼女はまさに「非常に優秀な留学(就職)アドバイザー」の役割を担ってくれたのです。
そして、
そして、誰も考えても見なかった、日本の企業への就活が始まったのでした。
長男は、大手スポーツ店のグローブ作り、指圧、マッサージ、整体師、地域のスポーツクラブのトレーナーなど、色々なことに興味を示して、いろんな会社に応募していました。
でも、ドイツ生まれのドイツ育ちにとっては、さまざまな難関が待っていました。
- エントリーシートの正しい記入(これ、ドイツ育ちだとかなり難関です)
- AIによる「適正診断」(スクリーンに映し出される日本語の質問に読めない漢字がたくさんありすぎて、ゆっくり質問の意味を考えているうちに、次の質問が出てきたりとメチャクチャになり、多分、変な人だと思われて落とされました)
- オンライン面接 (これが、自分の人となりをうまくアピールすることができないため、対面の面接よりも何倍も緊張したらしいです)
- 対面での面接(これは長男の得意分野ですが、日本の就活というと、衣服や持ち物に多大な注意を払わないといけないので全て未知の世界でした)
- 内定が決まった後の必要書類を集める作業(大学の卒業証明書が1番の難関でした。なんせ、ドイツではみんな適当に適当な時期に卒業するので、大学の事務の人が全く急いでくれません。でも、大卒者の正規採用枠だったため、3月31日までに卒業証明書を提出しないと、採用してもらえなかったのです。)
- 現地での携帯電話の契約
- 銀行講座の開設(超難関!「最近審査が厳しいので、申し訳ありませんが開設できません。とと断られた銀行もあり、かなり落ち込んでいました)
- アパート探し(住民票の住所がまずホテル。いろいろ怪しまれるので、就職先が決まってなかったら、アパートすら契約できなかったかもしれません。)
- 免許証の書き換え(いろんな書類が足りないと言われ、何度も足を運ぶハメに)
彼女は本当に超優秀で、それぞれの壁の攻略法をたくさん検索して、じっくりと考えて見出していきました。
そして、長男は不可能と思われた大きな壁を、次々と乗り越えていったのです。
彼女はまさに現地アドバイザーの鏡的存在でした。
例えば、AIによる一次面接や適正診断があるところは、日本語力が劣っているので通過できないとわかり、対面の面接しかしないところに絞って行ったり、
「本当にやりたいのが野球のトレーナーとしてのノウハウを集めることなのなら、野球のトレーナーとして就職するのが1番!」
という究極の答えに達し、夏あたりから、夏季休暇を利用し日本に行って、全国津々浦々いろんなところで、野球のトレーナーとしての面接を受けまくっていたようです。
特に大都市では、最近、運動部の部活を一般企業に委託するようになってきていて、スポーツスクールが増えているそうで、調べてみると、けっこういろいろな会社が求人を出していたのだそうです。
もし、長男の彼女が「日本就活アドバイザー」役を担ってくれなかったら、当初の予定通り、
まず日本に行って、
田舎の親戚のところに居候させてもらいながら、
バイト生活を始めるものの、
バイト暮らしではアパートの契約や、
銀行口座の開設ができなかった可能性が高いです。
野球のトレーナーとして就職
彼女のこまめなアドバイスのおかげで、正社員の野球のトレーナーとして、満足できるお給料をもらい、休みの日に野球場や野球チームを巡り、たくさんの野球好きな人と知り合うことができて、長男はとても有意義な日本での生活を送ることができました。
もちろん、職場の上司に、日本語が変なので、メールチェックしてもらったり、いろんなフォローをしてもらったからこそ、やり遂げることができたのでしたが。
トレーナーといっても、チームに入る子供を勧誘するところからやらないといけなかったのですが、彼はとにかく
「営業の鬼?」
で、何度もその地区の営業成績一位になり表彰されて、ご褒美に出張で日本の各地を回らせてもらってました。
長男は、色々忍耐強く教えてくれた会社の上司に、今でもとても感謝しています。
そして、その会社は、最近上場して海外進出も狙っているそうで、長男は、その際にも、力を貸してくれと、頼まれています。
日本で野球関係の輪が広がって、長男は最高にハッピーな、逆留学生活を起こることができました。
今は、ドイツで大学院に戻って、また学生しています。
やっぱり、何をするにも、親身になってサポートしてくれる、現地を知り尽くしているアドバイザーって、留学の質を何倍も高めてくれる大事な役割を担うんだなー、と改めて実感しました。
そして、この長男の体験談を通してもう1つ学んだ、大事なこと!
「普通の常識で考えたら不可能だと思われることでも、トライしてみることの大切さ!」
です。
何かやってみたいなーと思いつつ、私には無理無理と、勇気の出ないあなたへ、一言、
「それ本当に不可能ですか?」
よーく考えてみてください。


